​ディベートクラブ「たま。」について

「たま。」の概要

<団体名>
ディベートクラブ「たま。」

 

<目的>
日本語競技ディベート活動を通じて、議論文化、他者理解の文化の普及を目指す。

<構成>
実働20名程度。 (学生:社会人=1:3 男:女=4:1)

※2019年2月時点

<主な活動>
東京都杉並区内を活動場所に、
      ◆月1回の定例会
      ◆各種ディベート大会 への出場
      ◆審判・スタッフの派遣
      ◆中高大学生のディベート活動支援 ・・・等を行っています。

「たま。」の活動内容

ディベートクラブ「たま。」は、次の3つを柱に活動を行っています。。


<月一回の定例会>
 毎月、実際のディベートに触れることを主眼に活動を行っています。
月替わりで論題を変え、練習試合などを行っています。

 


<ディベート大会への出場>
 ディベート能力を磨くため、希望者は以下のような大会へ出場します。 

・日本ディベート協会(JDA)主催、春季大会、秋季大会。
・全日本学生ディベート連盟(CoDA)主催、「全日本学生ディベート選手権」
・その他、各種大学ディベートサークル主催の大会等。


<ディベート普及活動>
日本語ディベートの普及を目指し、以下のような活動も行っています。

・「たま。」カップディベート大会の開催

・学生向けディベート大会へのジャッジ・スタッフ派遣。
・中高大学生へのディベートレクチャー。 
・中高大学生のディベート支援活動。

「たま。」の教育システム

ディベートクラブ「たま。」は、次のような教育システムでメンバー育成を行っています。


<教育方針>
イメージとしては、ピアノの習い事のような感じです。 

 

月一回の定例会でのレッスン
         +      

個人でのレッスン ・・・で力をつけていくという感じです。

 新しく入会したメンバーに関しては、毎月の定例会で実際のディベートに慣れてもらいます。 その上で、希望者には、 初心者向けの大会への出場を目指してもらいます。

 指導は個人の状況に合わせて行っていくので、自分のペースで力を伸ばせます。

<月に一度の定例会>
 月に一度の定例会では、基礎を実践する場として、実際のディベートに慣れてもらえるように活動を行っています。 

 

<個人でやること>
 個人では、ディベートで使う資料を探したり、議論の原稿を作ったりします。
作った議論は必要に応じてメールでの意見や添削を先輩方が随時行ってくれます。
また、集めた資料や作った原稿はメンバーみんなで共有しています。

「たま。」の考え

「たま。」は、次のようなディベート観を持って活動を行っています。

 

<ディベートに対する批判より>
ディベートを教育方法として用いる時、時折、次のような批判を受けることがあります。

「ディベートは与えられた立場を正当化するための技術を磨くことであり、非倫理的で、 その技術が悪用される危険がある」と。

確かに、ディベートでは与えられた立場を正当化するために議論をします。 
そして、培われた能力は、どのような立場でも正当化しようと思えば、 
論理で正当化できる能力です。

しかし、これだけでディベートの技術を学ぶべきではない、と結論することはできないと我々は考えます。

<ディベート普及の意義>
ディベートで培われる技術は使いようによって、善にも悪にもなります。

これを踏まえて、ディベートを普及させる意義の一つに、 ディベートの技術を悪用する詭弁を見破るという事があります。 
この点に関して、哲学者アリストテレスは次のように述べています。

 

「真実の説得方法と見せかけの説得方法とを見究めることも、 明らかに、
同じ弁論術の仕事である。この点は、弁証術の場合、 真実の推論と見せかけの
推論とを見究めるのが 同じその知識の仕事であるのと同じことである。 というのは、
言論が詭弁であるかどうかは、技術の働きそのものによってではなく、 論者の意図によって決まるからである。」

情報の洪水とも言うべき、現代を生きる私たちにとって、 デマや情報操作に紛動される危険は常に存在すると思います。

故に、私たち一人一人の市民が、真実を見極める頭脳を鍛えていくことこそが、 民主主義の土台となっていく、私たち、ディベートクラブ「たま。」はそう考えます。 
 

<ディベートの限界と他者理解の心>
また、『星の王子さま』で有名な、サン=テグジュペリは、次のような言葉を残しています。

 

「人間と、そのさまざまな欲求を理解するためには、 人間を、そのもつ本質的なものに
よって知るためには、諸君の本然の明らかな相違を、 おたがいに対立させあってはいけない。そうなのだ、きみらは正しいのだ。 きみらはいずれも正しいのだ。理屈はどんなことでも証明する。」 

ディベートで培った能力で、何かを正当化することはできても、そこで対立を生んでは、他者と理解しあうことはできません。 ここにディベートだけで培う能力の限界があると思います。 

一方でディベートでは、相手の意見を黙って聞くこと、自分の主義とは違う立場に立ってみること、他者理解のために、普段はなかなかできない有意義な訓練をすることができます。 だからこそ、剣道家が竹刀を暴力に使わないのと同じように、ディベートの能力が「諸刃の剣」であることを知り、他者と理解しあう心を持ち続けていきたい、 

ディベートクラブ「たま。」は、そんなディベート観を持って、 活動を通じて他者理解の精神を養いながら、 分かりやすい、伝わるディベートを目指していきます。

※アリストテレスの言葉は、戸塚七郎 訳『弁論術』、岩波書店、1992年より。
 サン=テグジュペリの言葉は、堀口大學訳『人間の土地』、新潮文庫、2001年より。

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